年に一度、石岡君から僕に写真が届く。
僕らの部屋を背景にした石岡君の顔だ。
何の変哲もないそれをご丁寧にプリントアウトして、殺風景な僕の部屋の壁に貼る。
いつからだったかはもう覚えちゃいないけど、頼んだのは僕だった。ファンからの誕生日プレゼントだと言って毎年律儀に送ってくる彼に、ある年僕が、多分初めてリクエストした物。
はじめは紙で。それからデジカメとEメールになり、今はモバイルフォンで。
「ギャルと一緒に鼻の下を伸ばした写真よりよっぽどいいね」
「……何で君が知ってるんだよ！」
大方街中で「先生のファンです」なんて言われたんだろう。若い女性とのツーショットはご丁寧に彼女の顔だけが隠され世界中に拡散されている。
「君もいい歳なんだから。まさか『若く見えますね』なんて真に受けてないだろうね」
やたらに写るもんじゃないよなんて言うと、
「だったらもう来年からはこんなこと止めるよ」
「それは困る」
間髪入れずに反撃してくるから、石岡君も大分強くなったもんだ。
――多分、僕は歳を取ったんだろう。
その昔は画像なんてデータがあればそれでいいと思っていたし、もっと昔は記憶さえあれば十分だと思っていた。
柔らかな白い顔。記憶にある顔に少しずつ年輪が刻まれ、上書きされる。
今なら一瞬で写真が届くし、声も聞こえる。彼次第だけど動画だって撮れる。
「……こっちは、いい気候だよ」
それでも、どれだけ手を伸ばしても君には届かない。
「こっちもさ。日本大通りの銀杏並木がすっかり黄色くなって、そりゃ綺麗なもんだ」
あの時僕は日本と君を捨てたつもりはなかったけれど、それでも僕はどれだけ多くの物を手放して取りこぼしてきたんだと思う。
昔は簡単に丸め込めた筈の石岡君は、もうすっかり頑なになって、僕の遠回しの誘いなんてものともしない。
――きっと、僕らは歳を取ったんだろう。
だから惜しげもなく手放して取りこぼしたものが、今になって酷く、酷く惜しくなるのだ。
「君は、」
「僕は行かないよ」
君が来ればいいんだと、石岡君は凛として言い放った。
「………強情だね」
柔らかな顔に触れても指先はただ冷たくて、
「……ねえ、御手洗」
その癖に耳に入る声はとても温かくて、
「僕ら、いつまでこんなことしてるんだろうね」
――ぽつりと吐かれた言葉に、僕の意地はあっけなく折れた。
「……すまない、どうも話し過ぎたみたいだ」
「なんだ、逃げるのか」
挑むような声に苦笑して、
「違うよ、用事があるんだ。また、近々」
何やらわめく声を無視して予定よりも長くなった通話を終わらせた。
ねえ君、
一体どんな顔をしてくれるだろう。
驚く両頬の子供のような熱さも、掠める鼻先の冷たさも、変わらないでいてくれるのだろうか。
もぞもぞと指が忙しなく動く。やるべきことは沢山あるのに体が追い付かない。
チケットの確保か、それとも荷造りか――それよりもまずはスケジュールの確認だと、僕は再び電話を取った。
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ギリギリな御手洗さん誕生日小話。突貫にもほどがあるので色々こっそり改訂すると思われます。